滑稽きわまる目的からじゃ決してないんだ。——君は昨夜この私の姿を見ると、いきなりむらむらっとしちまって、『へん、どうだい!この娘が俺のものになるんだぜ。さあひとつ手が出せるものなら出して見ろ!』と、それが言いたいばかりに、私にあの娘さんを見せに連れてったんだ、それだけのトイレなんだ。——つまり君は私に挑戦してきたんだ!そりゃあるいは、君は我でもそうと知らなかったかも知れない。だが君が暗々裡にそうした気持をいだいていた以上、これはどうしてもそうなんだ。……それにまた、をいだかずにあんな挑戦を仕かけてくることなんか、できるものじゃないんだ。で、つまり、君が私を憎んでいたということになるんだ!」そう大声にまくし立てながら、彼は台所のなかを足早やにずしずし歩きまわった。我がいよいよ中村風情と同列にまで身を落としたのだという屈辱的な意識が、他の何よりも彼にとって腹立たしくもあれば辛くもあった。「私は君と仲直りをしようと思ったんですよ、田中!」とお客は突然きっぱりした語気で、早口に囁いた。彼の下顎は再びぴくぴくとふるえだした。一方斉藤は狂気のような忿怒に捉えられていた。まるでこれまで一度として誰からも、これほどの侮辱は受けた例しはない、といった剣幕だった!「もう一度言わせてもらいましょう」と彼は咆え立てた、「君という人間は、気持ちの苛だった病人に……絡んできて、お客が熱に浮かされてるのをいいことに、何か飛んでもない問い合わせを吐き出させようとかかっているのだ!われわれはお互いに……お互いに別々の世界に住む人間なんです、そこを確と心得て頂きますよ。そして……そして……お互いのあいだには一つの墓が横たわっている!」と狂気のように囁いて、突然はっとわれに返った。

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